給料をごまかされ、身内の赤字補填に成果を吸い取られようとも、私は「お客様に対して誠実であること」だけは一歩も譲らなかった。それが保険のプロとしての私の誇りであり、存在意義だったからだ。
だからこそ、会社に搾取されながらも裏で7年間かけて知識と実力を蓄え、いつでも自立できる準備を整えていた。
そしてついに、その最後の砦すら踏みにじる事件が起きた。
当時は、業界全体でコンプライアンス(法令遵守)が非常に厳しくなった時期だった。毎日のように保険会社から厳重な通知が届き、「経営者が一度でもコンプライアンス違反を起こせば、代理店は一発で潰れる」とまで言われていた時代だ。
そんな中、社長が自らコンプライアンス違反に手を染め始めたのだ。
■ 事務所の裏で行われ始めた「不正手続き」
当時導入された「らくらく手続き」と呼ばれるシステム。
本来であれば、お客様の目の前でパソコン(もしくはタブレット)を開き、1項目ずつ丁寧にご意向を確認しながら進めなければならない厳格なルールだった。
このシステムには、保険会社からの重要な評価指標が定められていた。
「らくらく手続きの利用率を40%以上にすること」。これが代理店としての評価や手数料ポイントに直結していたのだ。
普通に誠意を持って営業活動をしていれば、50〜60%なんて余裕でクリアできる数字である。
だが、ろくに仕事もせず数字を放置していた社長の利用率は、なんと「たったの9%」。話にならないレベルでサボっていたのだ。
焦った社長は、評価ポイント(目先の利益)欲しさにルール違反に手を染めた。
「お客様と電話で更新手続きをした後に、お客様のいない事務所のパソコンで『らくらく手続き』を勝手に操作し始めた」のだ。
「それは絶対にやっちゃダメです」
私は毅然と警告した。ルールを破る行為であり、保険を扱う資格すらないからだ。
しかし、横で聞いていたボンクラ息子から返ってきたのは、身勝手極まりない言葉だった。
「バレたら困るから、時間差でやれよ」
息子自体はその場で手を下していなかったかもしれない。だが、「バレたら困るから時間差でやれ」と発覚を恐れて隠蔽を指示するその考え方自体が、完全にアウトだった。
普通に働けば達成できることすらサボって「9%」まで落とし込み、挙げ句の果てに裏でルールを誤魔化そうとする。
この親子には、お客様への誠意も、保険を扱うプロとしてのプライドも、1ミリすら残っていなかったのだ。
「もうダメだ。こんな腐りきった会社には、1分1秒だって居られない」
私の心の中で、何かが音を立てて切れた。
■ 大手代理店からの誘いと、年末の退職通告
ちょうどその頃、かつてうちの会社で働いていた事務員さんから連絡があった。
彼女は現在、業界大手代理店の営業所所長を務めており、私の状況を知って声をかけてくれたのだ。
「うちの会社に来ませんか?募集してますよ。話だけでもどうですか?」
コンプライアンスを徹底し、プロとして正々堂々とお客様に向き合える環境がそこにはあった。自力を蓄えていた私に、迷いはなかった。
移籍の決意を固めた私は、その年の年末、社長に向かってはっきりと告げた。
「今年度いっぱい、3月31日をもって辞めさせていただきます」
退職を告げられた社長は、「え、なんで辞めるの?」と拍子抜けしたような顔をしていた。
まさか自分が都合よく使い倒してきた社員が去るとは、夢にも思っていなかったのだろう。
私は理由をきちんと言い切り、退職の手続きを進めた。
長年耐え続けた泥沼の生活から、ついに抜け出す時が来た。
だが、この期に及んでも、救いようのない経営者親子の「セコすぎる悪あがき」は終わらなかったのだ。
■ 次回予告:第6話【完全勝利・旅立ち編】
「辞めるなら鍵を返せ。給料も減らす」——。退職目前、最後まで見せた最低な悪あがき。感情的に争うことなく冷徹に「労基署」へ向かった私に、福岡・山口旅行の唐戸市場で届いたスカッと爽快な「完全勝利」の電話とは!

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