パワハラで命を落とした元同僚の無念も放置されたまま、会社はさらに狂っていった。
■「社会保険への加入と固定給制度」
一見すると聞こえはいい。しかし実態は、本来なら会社と半分ずつ負担(労使折半)すべき社会保険料が、実質的にすべて自分の手数料収入から引かれているという悪質なカラクリだった。
給料は33万円ほどに設定されたが、そこから社会保険料などが引かれに引かれ、手取りは22万円〜23万円程度まで目減りした。
さらに異常だったのは、固定給になったにもかかわらず、営業で使うガソリン代や自分の携帯電話代といったかかる経費が、会社から一切支給されなかったことだ。すべて自分の給料から自腹で払わされていたのである。
他社であればガソリン代などは経費として別途支給されるのが当たり前だ。会社として全く成り立っておらず、経営というものを何ひとつ理解していない社長。
「社員のため」という言葉は完全な嘘で、会社が制度を利用して手数料を跳ね上げるための口実に過ぎなかったのだ。
■ 「結婚したから」で跳ね上がる息子の給料
そんな搾取の構造ができあがっていた頃、前の会社を辞めた社長のボンボン息子が入社し、結婚した。
すると社長は、当然のように私に言い放った。
「結婚して生活があるんだから、20万やそこらの給料で生活させるわけにはいかないだろう。俺の方からしっかり払ってるんだ」
私は開いた口が塞がらなかった。
私がこの会社に入った時、子どもが生まれて妻も働けず、一番生活が大変な時期だったにもかかわらず、社長は約束を反故にして私を総支給17万5千円(手取り15万円)に叩き落としたのだ。家族を養うために昼も夜もバイトをし、泥水をすすりながら必死で食いつないできた過去がある。
それなのに、親のコネで入ってきたボンクラ息子は、「結婚して生活があるから」という身勝手な理由だけで、最初から手取り25万〜30万円という破格の給与を与えられる。
(てめえの息子は結婚しただけでそんなに給料を跳ね上げて、うちの家庭の苦労はどうなってんだよ…!)
腹の底から煮えくり返るような激怒と虚しさが込み上げた。だが、理不尽な格差はこれだけに留まらなかった。
■ 年間500万円の売上を伸ばして、昇給は「月1000円」
それでも私は、プロとしてのプライドを捨てなかった。
どんなに給料の仕組みをごまかされようと、経費を自腹で切らされようと、目の前のお客様に誠心誠意向き合い、結果を出し続けた。
年間で500万円以上の売上アップを達成した年があった。
500万円の売上を伸ばせば、代理店(会社)には少なくともその2割、つまり約100万円の利益が入る計算になる。
自分の努力がようやく評価される。少しは給料にも還元されるだろう——。
そう期待して提示された翌年の給料を見て、私は自分の目を疑った。
「月給+1000円」
100万円の利益を会社にもたらした私の評価が、月たったの1000円。年間でわずか1万2000円だ。
なぜこんなことが起きるのか? 理由はすぐに判明した。
稼げなくなった社長と、大した成績も上げられないボンクラ息子。
この経営者親子の売上がガタ落ちしていたため、会社全体としては成績が下がっていたのだ。
つまり、私が汗水垂らして稼いだ500万円の成果は、稼げない社長親子の赤字を埋めるための「補填」としてすべて吸い取られていたのだ。
私が努力すればするほど、働かない親子の生活費へと消えていく。
会社の「搾取の構造」は、もはや隠しようのないところまで来ていた。
■ 自分の身は、自分の力で守る
「この会社に自分の未来を預けていたら、骨の髄までしゃぶり尽くされる」
そう確信した私は、思考を完全に切り替えた。
会社で真面目に評価を待つのはやめよう。自分の身と家族は、自力で守るしかない。
それからの7年間、私は徹底的に「金融と株式投資」の勉強を始めた。
会社の通常業務は、朝9時から11時までの2時間で完璧に終わらせる。
ずば抜けた作業効率で本業を秒速で片付け、残りの時間はすべて、投資の勉強や別の仕事、資産運用に費やした。
必死だった。会社の給料だけに依存しない「絶対的な個人の力」を身につけるために、死にもの狂いで勉強した。
その結果、会社からの給料は低く抑えられながらも、投資や副業によって自力で十分な資産を築けるようになっていった。
会社に搾取されながらも、私は裏で着々と「自立への準備」を整えていたのだ。
手ぬかりなく力を蓄えた私は、ついにこの劣悪な会社にとどめを刺す「決定的な事件」を迎えることになる。
■次回予告:第5話【決別・コンプラ違反編】
「時間差でやればバレないから」——。お客様を裏切る悪質なコンプライアンス違反に手を染め始めた社長親子。プロとしての誇りを汚された私は、ついにこの会社を捨てる決意を固める。
年末、社長に叩きつけた退職通告のドラマとは。

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